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自分の信じるもの

自分の信じるもの

昔と違っていつでも情報を集められる時代になった。
おかげでたくさんの知識を持つことにはなったが
それをどう使えばいいのか?そして確認し確信できるまで昇華することが出来るのか?
が情報の選択になってくる。

農業に向かって真摯に向かい合って感じる事は
中途半端な情報が多い事
解らない事が多いというのもその原因だが
中途半端な情報をばらまく人害が多いと感じるのも確か。
もしかすると自分もその一人かもしれないと思うと
いい加減な事は出来ないと感じてしまう。

私自身はすぐに飽きてしまう性格で
気にならなくなるとその情報は捨ててしまう。
その代わりそうなるまでには徹底的に追いかけていく。
解らない事があれば解るまでやってみたいと思うのだろう。
そうしているうちに何かが違うと感じ始めると熱は冷める。

そのかわり、これはと思うものは追及する。
確信が出てくるとさらに追いかけたくなる。
最近は追いかけたいものが多くなりすぎて
このままではどれも進まないのではないかと危惧
そこで一時的に情報を遮断しようと思っている。
特に自然栽培

自分の思う自然栽培と違うと感じるからで
人が多くなってきてどこか曲がってきていないか?と思うのだ。
そこで慣行、有機と幅を広げて追いかけてみると
違う心理が見えてくる。
安全な食を追いかけたはずなのにいつのまにか
それは自然栽培という流れ-は違う。
今の自然栽培はそこまでの力は無い。
自然栽培はもっと進化しなくてはならないし
いちいちくだらない轡(くつわ)を作る必要は無いと思う。

そうしているところは条件付けを戦略としているところ。
単なる商売であるのだろう。

どうしたら本当に良いと言えるものはできるのか?
そしてそれをどう形に仕上げていくのか?
技術と行程で考えていかねばならないだろう。
その為にはそこのある原理から考えていかなければならない。

農と言う場面においての原理は何か?
やはり土を知ることからではないのだろうか?
私自身が行きついたのは土だったが
土の事が解らないで生産の事など-と思っている。
大まかでも土の事を理解することで生産のやり方が変わってくる。
生物が地上に進出した時から土が出来てきた。
原点から考えていく事の方が小手先の方法論より
ずっと早く理解が進んでいくと思う。
目の前の事だけで動いてしまうからおかしくなってきていると感じるのかもしれない。

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