FC2ブログ

行動を考える

また最近ブログを書かなくなった。

理由はいくつかあるのだが、一番は気が乗らないから。
まあ、いろんな人と関わりあうようになると書けない事も出てくるのだけど
そういうことを気にせずに書いてきた経緯があるから長く見てきた人には不満だろうなあ~
思ったままを書いていけなくなったら辞めたがいいのかもしれない。

農業を始めて自然栽培に向かい、そこに疑問を持ち新しい道を進むようになったのだけれど
自然栽培を否定しているわけではない。

それどころかもっと先があると感じていて、その先を見たいという気持ちがそうとう強い。
自然栽培も有機農業も慣行農業も、それらは全て農という中の一つであるのだから
みるところを農という大きな視点に切り替えて考えるようになっただけだ。
一つの細かいところにだけ目が行っていては問題は解決できない。
大きな視点から考えて分解していくことで問題点が見えてくる。

「木を見て森を視ず」
この言葉を土壌生成理論の内水氏の本から学んだ。
生産方法にこだわる事は大事かもしれないが、農全体から考えてどうすべきかなんて考えた事があるのだろうか?
やってる側は考えているからそうしているんだと言いたいのだろうが、この言葉通りではないか?
と、こんな風に思ってそれを口に出すと「批判はいけない」と言われる。
意見と批判を混同する人がいるとどうにもまとまらなくなる。
そんな事が嫌になってきている今なのかもしれない。

私の目指す農は安心して食べられるものを当たり前に提供できる事だ。
これを満足させる基準は私自身が食べるものであり、自分自身の為である。
その為に解らない事に向かい続けているのであろう。
自分自身が納得できる方向に進むだけであり、人に左右される事ではない。

ぼちぼちとやっていくか。

そうこう考えてたら娘が友達から教えてもらったというメモをくれた。

A 言われなくとも周囲の状況を理解し、するべき行動をできる
B 言われて事の「その先」を考え、それを踏まえて行動できる
C 言われた事を不足なくできる
D 言われた事は理解し行動するが、満足できるレベルではない
E 言われた事の意味を正しく理解できず、行動も伴わない

見た時にドキッとする内容だ。
なんだこれは?と尋ねたら、あるところの学生の判定基準なのだそうだ。

しばらく見ていたら内水先生の言葉によく通じると思った。
ひとつの行動には、みる視点により評価が変わるが
Aは木ではなく森を見なくてはできない事だ。

気が乗らない理由はどこにあるのかを考えてみて
視点を変えてみるという事を心がけてみるか。





コメントの投稿

非公開コメント

新世界カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR