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いろいろ考える

このところ色んな事を考えるのね。
農業という仕事をやっていて、それで生きているんだけど
まだまだ厳しいと思うのは自分のやり方がまずいのか?なんてね。

今の立ち位置を考えてみると
「自然栽培」という言葉にひっぱりまわされている感じが強く
やりたいことの障害になっている気もする。
しかしながら自然栽培という言葉のおかげで繋がっているのも確かなんだよね。

コテコテに自然栽培に心酔している人は盲目的だから
その状況に気がつかないかもしれないけれど
危ういところを持っている事を理解できないのではないかと考える。

思うに自然栽培ではなく「自然」という言葉に引かれているのではないだろうか?

「自然」という言葉は好きだけど、人の手が関わる時点で自然ではなく
「人為」に進んでいる事に気がつかねばいけないんだよ。

自然栽培に関わってそれを究めようとやってきたが
どうしても疑問点が出てくる。
それはいったい何故?

そうすると「天然」という言葉と「自然」という言葉が入り混じり
いったい何が自然なの?ってなってくる。
これは生産現場での思いだから、「自然」という言葉は
生産現場での考え方になってくるんだ。
普通に自然というと人為が入らない地球の活動による
心を打つ地球のその表現であって
感動が込み上げてくる状態だと私は思うんだ。
全て認めますって状態ね。

生産現場で「自然」なんてありえないんだけど
出来るだけ自然に近づけていきますってことなんだろう。
これは実は凄い事なんだよね。

田とか畑での人の都合による効率に合わせて生産することが
「自然」であるはずがない。
それをより効率的に自然に近い状態で生産しますってことは
自然界の営みがかなり理解できなくてはできない事なんだよ。

ましてや自然界の営みさえも理解できないでいるのに
その基準を作るなんての「アホ」じゃね?
まずは自然のその仕組みを考える事から始まるんだ。

自然栽培に関わって何か足りないと感じているのは
そこ

地球の歴史を考えると、淘汰されて出来あがってきたルールがあるみたい。
生物が生きるにその環境に合わないものは淘汰され環境に適合出来たものが生き残ってきている。
そこにはルールが勝手に出来上がってきているんだよね。

自分で調べているわけではないけど、地球上には動物、植物、微生物などが住んでいる。
皆関わりあっているんだけど。

それを生産現場で考えてみるときに、何がどうなっているのかわかる?
ごまかされないようにしないとね。


動物性と植物性
何がどう違うの?

いい食べ物とそうでない食べ物ってどう違うの?

追求する事はいくらでも出てくる。
全ての答えは出なくてもある程度の答えは
土壌生成理論にあるって。

自然栽培に疑問を持って土壌生成理論に納得ってのが今の自分なんだね。

岡田さんは「まだ完成していない」って言ったそうだ。
未完のものを引き継ぐ事は大変だよ。
全てをそこに求める事は危険だと思うのだがね。

「自然栽培」って言葉に迷わされるなって言ったけど
自分が振り回されているのかもしれないね。

もっと土に向かい合おうと思う。

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No title

その通りですね。。。!!

自然的栽培とか自然風栽培とかのネーミングが
本当でしょうね。。。

土壌生成理論。。。恐るべし!

No title

この凄さを多くの人に知ってもらいたいね
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