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稲作用土菌ちゃん

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稲藁を使った土菌ちゃんが出来ました。
前に出来てたけど小分けする時間が無かったのです。
ずっと爆気していて大腸菌はいません。
使い方は田1反に10リッター
多めに使っても問題なし。
今回は腐植前駆物質リードアップを多めに使っています。
どうやら藁はなかなか大腸菌が消えないみたいなので
追加して倍くらい使ったかも。

昨年は肥料農薬を使わないチャレンジ自然栽培2年目の仲間のところで害虫が出てきた時に
土菌ちゃんをその部分に2リッター追加で撒いたらいなくなったんですね。
収量は2年目なのに慣行よりちょっと少なめの7俵/反を超えました。
腐敗実験も大丈夫でしたね。

毎年進化する生産方法ですが、腐植前駆物質を利用する方法にかなうのは無いと感じています。
自然界を科学した基本があるからこそできることです。
やはり土壌生成理論は凄いです。

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モミガラくん炭で稲苗を作る

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先日から作っていたモミガラでのくん炭を使い、稲苗を作ってみました。
床土の代わりにモミガラくん炭です。

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とにかく軽いから10枚持っても大丈夫。
仕事が楽になる。
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掛け土にくん炭と土の2種類
はたしてどうなるのか?

今年は試験でやっているので13枚だけ。
上手くいくようならば来年からはくん炭を積極的に利用したいと思っています。
モミガラは田で出来てくるものだし、土よりも良いと思っています。
くん炭作りの手間と、床土の代わりにする時の扱いが問題点として出てきました。
そういうところは後で考えるとして
田植え時の労力を減らすことと、くん炭の良いところを生かす事が先決。
これに腐植前駆物質を絡めることで素晴らしい苗が出来るのではないかと考えています。
まあ、とりあえず試験と言う事です。

田の鋤き戻し

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腐植の進行を早める作業。
天地返しとは違うからね。この作業の出来で収量が変わるとしたら考えるでしょ。
自然界は不思議だね。

モミガラくん炭作り

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昨年のモミガラでくん炭を作ることにした。
近所の仲間がそんなこと言っていたので、やってみようとと思っただけなんだけどね。
昨日種まきした苗土の代わりに使えると聞いて、それはいい!と思ったが
試験してみなくては次が無い。
毎年いとこが持っていってしまうモミガラだけど今年は少し残っていた。
苗箱に土を入れると重くて何枚も作って田に運ぶ作業がつらい。
モミガラの利用はそれを軽減してくれそうだ。

もともと田で出来たものに手を加えて使いやすくし田に帰すのならば問題なし。
山から持ち込む苗土は自分の中では考える必要があったわけで
田の土だけでは問題もあったのだからとっても都合がいい。

まずはくん炭が出来なければ話にならないからやってみる。
上手くできたら種まきして状況と行程を作り出す。
楽しみが増えた。
フェースブックに上げてあるので見たい人はどうぞ~~
http://www.facebook.com/motoda.0831love

種まき

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今年も米の種まき
朝から相変わらず大騒ぎでやりました。
今年の我が家の作付は「旭1号」のみ

「ひのひかり」は清水自然米として仲間にやってもらう事にしました。
大好きな米のみを作りたいという思いはようやく達成。
肥料農薬を使わなくなって9年目の初夏
30度を超える暑さだったけど、ビールが旨かったね。

求められるのは農法ではない

食に関心がある人の思いはどこにあるのだろうか?

関心が無い人は情報不足なのか、それどころではないのか
無関心を通しているのか、知っても横を向いているのか?
私は関心が無い人の事などどうでもよかったのだけれど
最近そう思わなくなってきているところがある。
関心を持たなければ危険かもしれない食というのは
異常ではないかと思い始めたからだ。

今あらゆる情報が氾濫する時代にそもそも食がおかしいと考えること自体おかしい。
今の日本食べるものはどこにでもある。
金さえあればいつなんどきでも食べられる。
法律で危険な物は管理されていていつでも食べられるものは
常に安全であると思っているからこそ何も考えないで食べている。
その前提があってこそ食べられる。
だからこそ分業が成り立っているのだろう。

願わくば、何も考えずにいても安心して安全な物を食べているという環境であってほしい。

ではその前提が崩れているとしたらどうするのか?
その情報を皆が知っていたらどうなるのか?

どこかの国を見ればなんとなく判るかもしれない。
その判断は今ここでやれる事ではないから放置(笑)

関心がある人のことが問題
何故関心を持ったか?関心を持っているのか?

関心を持った何かしらの原因があるはず。
その原因が無ければ関心を持つ必要もないからだ。
原因は情報かもしくは体験
何かに不安を持つから食に関心を持ったのであろう。
もしくは生きるに害と考えるからか。

何も考えないと食は安全ではないと思う人が出てきている。
そういう関心を持つ人もいる。

もうひとつ
食べる事が好きで、美味しいものを求めて関心がある人がいる。
その部分を追求していけば、人間の感覚に及ぶ。
食べる事が好きから食べる人と食べるものを料理する人がでてくる。
料理する人は食べる事から食べてもらう事が好きになっているのだろうか?

その感覚には安全も安心も関わっているのだろうか?

人は食べる事で生きていられる。
食べるために直接間接に動く。
生きるための意義という部分にはここでは触れないが
そういう風に考える事が出来るのも生きているからこそで
食べる事、食べていける事は無くてはならない事である。

そういう大事な物に不安が出てくるとすれば
不安を無くしたいと思うのが普通であろうし
そういう行動に出るのもあたりまえのことか。

そういうものが欲しい人は何を求めているのだろう?
安全で安心して食べられる美味しいものではないか?

食に関心がある人が求めるのはそこに向かうような気がする。

ではそういう求められるものはどうやって生産されてくるのか?
今ではたくさんの方法があってどれがいいのかよくわからない。
そこでしかたなく生産方法での区別をつけているにすぎない。
それぞれの主張を知って納得して求める事になる。
生産側はその方法論で売る事に必死になる。
安心で安全なものはどうやって担保するのだろう?

求められるのは方法ではないのではないか?
求められているのは生産方法ではなく
安心して食べられる安全な美味しいものであることを
生産者は理解しているのだろうか?

生産する人の思いがどこにあるのかを知ることが重要かもしれないと思う。

さらに整理して考えると、見た目で解らない食の中身の性能をわかるようにすることが必要かと思う。
料理のレシピにでてくるカロリー表示みたいなもの。
安全の数値化
なかなか難しいのだけれど、向かわねばならないだろう。

生産者であるからこそ言う。
方法論にしのぎを削るのならば、その力を消費者の思いに向けるようにしてはどうか?
視野が広がっていくかもしれない。

「安全が担保できるならどんな方法でもいい」
私のセミナーでいつも言っているフレーズだ。
担保出来ないから農薬は嫌いだし、肥料も使わないだけ。
自然栽培からチャレンジになってきたのは
その方が食べる人に良いと判断しただけの事。
良いものを追いかける姿勢を貫いただけのことなのだ。







自分の自分たる事

最近どうもフェースブック等の情報に近寄らなくなった。
たまにまとめて見たりするが、なんとなく流しているだけ。

しばらくはいろんな情報が集まって面白いと感じたのだけれど
最近は集まる情報に対して疲れているみたい。
それよりも土の感じを見ているほうがいい。

乾かしている田の土の微妙な変化に気が向く。
畑の土を踏んだ感じに心が躍る。

眺める青空がまぶしい。
朝焼けに今日の天候を感じてみる。

そんな時間がいいみたい。

ちょっとしたところから何かを見出すのは楽しみ。
そこからどう展開して行きたいかを考える。

永らく追いかけているネギの生産の仕方を
その中身がどうなっていくのかを考える方が自分の好きな事。
どう展開していくのかを考えていると
新しい考えが湧きあがってくる。

たくさんいただく情報よりも
自分の感性に従う方がいい気分
自分の求めるものは自分しか分からないんだね。

なんだかふっと体が軽くなってきたような気がする。
自分で何かの重しを担いでいたのかな?

まあ、そんなことも自分の自分たるところなのか。

土の能力

土の能力

安全な食材を求める事から無肥料栽培を知りその世界に入り込んだ。
肥料を使わない事で土が良くなっていき、ひいては農薬を使わないでいいという。
そこから生まれた食材はとてもおいしく健康に良いものであるという。

その世界に入り込んで思うようにいかない現実
生活を刻んで向かうがいつになるかわからない現実。
そこで出会った土壌生成理論により方向性が見えてきた。

土とは何なのだ?がなんとなくわかってきて
どうしていけばいいのかがなんとなく判ってきて思う。

むやみに農薬を使わない事は安全とは言えないかもしれないと思ったり・・・

農薬を肯定しているのではない。
使わないようにするためには段階があるという事。
いきなり使わない事だけにこだわってしまうと
かえって良くないものを生み出すのではないかという危惧。

農薬ありきの方法には見向きもしないが
使わなくて済む方法に向かいながらもどうしようもない時には
その危険性をしっかりと理解したうえで適正に使うのはいいかもしれない。
使わなくていい土に仕上げてしまえばいいだけなのだが
そこには段階がある。
それを踏まえないと土の中の良くないものが掃き出されるまでは
生産物に移るのか?
そうなると害虫被害が出そうだね。
無農薬信仰は危険?
さて無農薬は安全なのか?という疑問も出てきてもおかしくない。


「耕」にも書いたが、野菜は水分がかなりの割合を占める。
野菜に含まれる水分が汚れていては美味しい野菜になはならないだろう。
綺麗な水分が含まれる野菜は美味しいのではないか?

それが見れるのならばいいがそう簡単ではない。
一つの基準に硝酸態窒素を調べる事で比較はできそうだ。
それも野菜に含まれる水分から取り出す。

美味しい野菜を作り出すには
綺麗な水を作り出せる土を作る事にある。
そういう土に出来あがってきたのならば
自然栽培の話は良く理解できるようになるが
そうでないところには良くない成分がたくさん含まれている可能性がある。
それが野菜に移動するのならば、どうなるのだろう?


土の機能が働くことを一般には緩衝作用と言う。
その緩衝作用は土の大きな働きの一つだが
今まではどうしてそうなってきているかが理解されていなかったように思う。

土を作るという事は
土の持つ能力を効果的に引き出すことであると思う。

土の能力とは
作物の支持基盤能力(根で自身を保持する基盤)
適正水分の維持
水の浄化作用
植物が育つだけの養分補給
有機物の構築、分解、再生補助
微生物の生活環境の提供
ひいては生物全般の生活環境の提供
など
多種の能力を持っている。

生物はその上で生活が出来ている。

農業を考えると
あまりに生産(収量を上げる、または稼ぐ)する事だけに捉われ過ぎて
本来の土の能力を作り出せていないのではないか?

腐植前駆物質を理解できると解るようになるかな?
ちょっと頭に浮かんできたので書いてみた。


ロータリーの爪交換中

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トラクターで土を鋤くのに上手くいかない。
良く見たら爪が減ってた。
次の仕事が待っているから急いで交換中です。
相変わらず手作業では時間かかります。
畑と田が重なる今は忙しいのです。

トラブル

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トラクターのキャタピラーがはずれてしまった。
こんなのはやはり簡単には直せないからクボタから来てもらいました。
見た感じだと簡単そうなんだけどね~
それでも切れなくて良かったというべきでしょう。
切れたら片側12万と1週間は潰れてしまう。
今のこのキャタだと片方新しくするというのはバランスが悪くなるだろうから
両方変える事になる。24万はきついからね。
機械は大事に使わなくては。

田の土起こし

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田の土起こしを始めました。
5月の連休は雨が降らないから土を乾かすには最適な期間です。

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まあ、うまくいきました。

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大きな塊で横に寝かすように起こすのがコツ
年数がたってくると塊が崩れてくるようになります。
土を起こしてみると解るんだけど
ずいぶんと水分を含んでいるんです。
昨年の稲の根も随分沢山あります。
切り落とした藁と根を考えてみると相当な有機物が含まれている事になります。
これに雨がもたらすいろんなもの、潮汐によるいろんなもの
複合作用で無肥料が成り立つわけです。

いわば肥料として施さなくても育つ環境はあるんですね。
これが人の欲が入ってくると足りなくなる。

ところがその欲を上回る状態が出来るとしたら
どうしますか?しかも自然の状態を持ったままです。

もうその領域にいるんです。
いやあ、素晴らしい~~~
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